猫の鳴き声

今回は三題囃第1段!

テーマは「イヤホン」「納豆」「猫」 @いなお か  さん

 

 

槍のように降り注ぐ雨、

轟く雷鳴、

 

その日、私は人殺しになった。

 

 

心地よい風がカーテンを揺らす。

隙間から差し込む日差しが

新しい1日の訪れを知らせる。

 

重い腰を上げ、

寝室を後にする。

 

リビングへ向かうと

私の愛する人がいる。

 

「おはよう。」

 

「おはよう。さ!一緒に朝ごはんたべよ!」

 

妻の亜美は、山形県の出身だ。

目鼻立ちがくっきりしており、

まさに東方美人だ。

 

テーブルにつくと

日本の伝統がそこにあった。

 

鼻腔から侵入して来る味噌汁の香りが

私の固まった体を解す。

今日の具はわかめと豆腐だ。

 

ハリのある体躯のサンマの塩焼きが

秋の訪れを感じさせる。

 

納豆に卵の黄身だけを載せて

喰らうのが妻特有の文化らしい。

 

変わらない朝だ。

 

そう、

 

永遠に続く私たちの時間———。

 

 

 

その日は、特に忙しかった。

案件の納品の期日を翌週に控えた社内では

張り詰めた空気感に包まれていた。

 

プロジェクトマネージャーに昇進して

最初の大仕事、

失敗は許されない。

 

予算3億円、

3ヶ月間みっちりと詰め込んだ結果、

部下たちの体力に限界の色が見える。

 

私の額にも汗が滲む。

 

 

その時一本の電話が入った。

 

「お電話ありがとうございます。

吉良商事、PMの浅田です。」

 

「おい。浅田!!」

 

電話の主は、部長の大村だった。

 

ドスの効いた声がいつにも増して

激しいことから

何かよくないことがあったと察す。

 

「お前何やってんだ!発注ミスだ!部品が10倍の数届いてるぞ!これじゃあ予算オーバーだ!」

 

「そ、そんなはず、、」

 

「あるんだよ!どうすんだ、赤字確定じゃねえか!なんとかしろ!」

 

乱暴に通話を切られ、

ジートーンが無情に鳴り響く。

 

だが、落ち込んでる暇はない。

原因を探す。

発注を行ったのは、第一部社員の大隣だ。

 

「大隣!発注のデータ見せろ。」

「え、今ですか?くそ忙しいんですけど。。」

「いいから早くしろ!」

 

膨大なエクセルデータから目的のものを見つける。

 

「お前、0が一個多いじゃねえか!」

「え、うわっ!やらかした、、」

「やらかしたじゃねえだろが!!この....!」

 

出かかった言葉を噛み殺す。

今私がキレてしまったら、プロジェクト全体が死ぬ。

 

「後始末は、俺がつける!

今は目の前の仕事を片付けることに注力しろ!」

 

相当辛かったが

私は自分の使命を全うした。

 

 

 

1週間後、なんとか納品を終えた私は

社長室に呼ばれていた。

 

「まずは、初のPMとしての仕事ご苦労だったな。」

 

「はい。」

 

「なんとかクライアントへの迷惑はかけなかったが、

見ての通り大赤字だ。悪いが責任は取ってもらう。」

 

「と言いますと?」

 

「浅田。左遷だ。これからは茨城の子会社に移ってもらう。」

 

「いや、俺は悪くないでしょ!?発注ミスだって部下の大隣が..」

 

「浅田!!部下のミスは上司のミスだ!」

 

こうして私の出向が決まった。

 

 

心身ともに疲弊した私は

家に戻ることにした。

 

家路の途中、

ダンボールを見つけた。

そこには、”拾ってあげてください”という紙が貼ってあった。

中には猫の赤子が入っていた。

 

ごめんな。妻が猫アレルギーなんだ。

 

 

家の前に立つと

改めて、苦しさと悔しさが溢れ出てきた。

妻になんと伝えよう。

 

最近は会社にこもっていた為、

妻と過ごす時間はほとんどなかった。

久しぶりにあった夫が、都落ちなんて格好つかないよな。

 

玄関までの数メートルは

数10キロにも感じた。

 

扉を開けると

私の知らない靴があった。

 

こんな時間に来客か?

 

リビングに入る。

しかし、妻の姿はなかった。

 

私は急激な不安に襲われた。

恐る恐る二階にある寝室に向かった———。

 

 

 

 

 

気が付くと私は

捨て猫を抱えていた。

 

「俺もお前と一緒だな。」

 

 

寝室の扉の前に立つと

妻の喘ぎ声が聞こえた。

 

その瞬間、激しい頭痛に襲われる。

 

扉を開け、

そこで見たのは、

妻・亜美と部長の大村が行為に勤しむ姿だった。

 

意味が分からなかった。

一体何が起こっているのだ。

 

私は大村の肩を掴み

振り向き様に鉄拳をくらわす。

 

吹き飛んだ大村にのしかかり、

もう数発殴ると

大村は笑って言った。

 

「悔しいか?」

 

私の怒りが限界を超え、殺そうとした時、

妻に鈍器で殴られた。

 

激しい衝撃と朦朧とする意識の中、

亜美は言った。

 

「あなたが悪いのよ!!

仕事仕事仕事って、

私のこと全然見てくれないじゃない!!

 

大村さんはそんなことしない。

ずっと私のことを支えてくれる!」

 

 

あまりにもショックが大きかったせいか、

私は思考することができなかった。

 

妻との幸せな生活の走馬灯を追いながら

私は家を後にした。

 

 

 

 

 

3年後、私は茨城のファミリーマートでアルバイトをしていた。

あれ以来仕事に身が入らず、

ミスを重ね、

ついに会社をクビになった。

 

現在私は、

築60年のワンルームアパートに

あの日拾った猫と住んでいる。

私に残された唯一の生きる意味だ。

 

もう人を信じることなど、できる分けがない。

 

この日私は、夜勤のバイトに入っていた。

するとある男が私に話しかけてきた。

 

そこにいたのは、

かつて発注ミスをして私の人生の歯車を狂わせた長方人

大隣だった。

 

彼は開口一番、土下座して誤ってきた。

 

不思議と怒りは湧かなかった。

今の私にはなんの感情もないから。

 

「あー、大隣か。顔あげてくれ。もう全部どうでもいいから。」

 

 腑抜けた態度の私に向かって大隣は激昂した。

 

「浅田さん、、なんで怒ってくれないんですか!!

なんで俺のこと殴ってくれないんですか!!」

 

そこにあったのは私の知る

チャラチャラした大隣ではなかった。

 

「お前、なんか変わったな。」

 

「俺、あの後凄い反省したんです。

そんで、自分の愚かさに気づいて、

ずっと浅田さんに謝りたかったんです。」

 

「はは。もういいんだ。本当に。」

 

「浅田さん。悔しくないんですか?」

 

「お前、知ってるのか?」

 

「俺、浅田さんが辞めた後、社長に話したんです。悪いのは俺だって。

でも判断は覆らないって。

でもどうにかしたくて、俺がダメなら大村さんに言ってもらおうと思って、

食事に行ったんです。

でも、俺でも無理だって言われて。

その時、俺聴いたんです。真実を。」

 

「真実?」

 

「はい。浅田さん。あなたはハメられたんです。」

 

「どういうことだよ!」

 

「食事の時、結構酒飲んで、大村さん酔っ払ってて、

その勢いで大村さんが、

 

『大隣、実はなあ。あの発注数のミスお前がやったんじゃねんだよ。

俺が夜中お前のデータ弄ったんだよ。

要は全部俺と亜美が一緒になるための作戦だったてわけ!

そしたら俺の思った通りあいつ左遷になったわ。

 

あの晩のあいつの悲しそうな顔。ほんと滑稽だったよな。』

 

って。」

 

その時、死んでいた私の中の心に火がついた。

殺してやらなくてはいけないと思った。

 

私は探偵を雇い、大村の現在をしらべさせた。

 

すると、彼は今吉良商事の常務となったらしい。

そして亜美と結婚した。

 

私の復讐の口火が切られた。

 

まず私は代理の人間Qを金で雇い、

大村に、仕事の依頼という程で接触を図った。

何も知らない大村は快く会合に応じた。

 

結構当日、

歌舞伎町のある高級店で大村とQは会食を行った。

 

 

23時を過ぎた頃、

ほろ酔いの大村が出てきた。

 

Qと別れ、一本路地に入った大村に

私は接触した。

 

「大村。」

 

「あ?」

 

丸腰の大村の腹に私は包丁を突き刺した。

 

情けなく呻く大村に向かって私は笑って言った。

 

「悔しいか?」

 

虫の息となった大村に

止めの一発を喰らわせ、殺した。

 

 

今までに感じたことのない満足感を覚えた。

積年を恨みを晴らした瞬間だった。

 

 

ことを終えた私は

亜美の元に向かった。

 

大村は死んだ。

これで亜美を取り戻すことができる。

きっと、

きっと私のことをまた想ってくれるだろう。

 

亜美の家につき、

扉に手をかける。

しかし案の定鍵がかかっていたので、

窓を割って侵入した。

 

中にはいると

驚いて硬直している亜美の姿があった。

 

「大村はもういない。」

 

「ど、どういうこと?」

 

「俺が殺した。

これでお前を守ってやれるのは俺だけだ。」

 

大村の死を悟った亜美は

悲しみのあまり狂ったように泣き叫んだ。

 

ああ。ここに私はいないのか。

 

私は、亜美が壊れたんだと思い、

修理しなくてはいけないと思った。

 

鞄から血のついた包丁を取り出す。

 

大村の血だがついているのが気がかりだが、

 

仇を討ち取った誇り高き剣だと思い、

 

そのまま亜美の背中にブチ刺した。

 

 

「亜美が悪いんだよ。

だって、

俺のこと見てくれなかったじゃないか。」

 

私は亜美の左薬指を切り落とし

亡骸だと思い、ポケットにしまった。

 

家を出ると

雨が降っていた。

 

 

槍のように降り注ぐ雨、

轟く雷鳴、

 

その日、私は人殺しになった。

 

 

 

 

 

 

数年後

 

歌舞伎町に行く?

やめときなよ。

知らないの?

何年か前になんとか商事の偉い人が殺されたらしい。

それを皮切りに

歌舞伎町でたくさんに人が殺されるようになったんだって。

捕まらないのかって?

ああ。

警察も捜査してるけど、手がかりひとつ見つからないんだ。

噂だと

細身の人間でいつもイヤホンをしてるんだって。

何聞いてるかって?

 

 

猫の鳴き声